たまには書評でも。
日本において法律をかじった人間ならば、彼には必ず何らかの形で触れるはず。
明治維新後、日本に西洋近代法制を敷こうと奮闘し、征韓論、そして佐賀の乱で敗れ斬られた参議・司法卿
江藤新平の物語。
のちの西郷の乱のインパクトのほうがどでかいために、歴史の授業では江藤や前原一誠、神風連などは
十羽一からげに「不平士族の反乱を起こした人物・団体」でひっくるめられておしまいだれど、のちの日本に
大きな影響を残した人物として、江藤はもっと注目されていいんではないでしょうか。
司馬遼太郎は、江藤の幕末維新の活躍、政務・法制整備の過程でのすさまじいまでの理論家ぶりと、その反面
あまりにも迂闊・粗忽とさえいえる無頓着ぶりとを描いて、彼の凄味と哀しみとを浮き彫りにしている。
江藤のラディカルなまでの法制整備の背景には、江藤なりの近代国家日本のイメージ、かれにとっては
「民権」=「国権」というイメージがあった。民主政治・人権思想とナショナリズムは矛盾するどころか、
渾然一体だったわけで。
また、征韓論の政争・蜂起・敗北の過程では、かつがれて敗れる江藤の粗忽さと、彼と同種の政治家でありながら
粗忽のソの字も見せない大久保利通の残忍なまでの完璧さとがくっきりと対比されて、新平何やってんだよ、と
言いたくもなった(苦笑)。
ただ、ちょっと不満だったのは、彼の少年時代など、どうして佐賀藩の中で珍しい勤王派になったのか、
またその理屈屋な性格がどっから来てるのか、また大隈重信や副島種臣とどんな感じの交流があったのか、
あまりにもさらっとした描写でちょっとつかみにくかったような気もしている。
長い・分厚いです。
コメント(0)| Track back(0) | 2004-08-02 22:54:52
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