今日の日経のアフォ記事。
社会面の震災特集だったが、その中で、風化する震災の記憶と歴史を語り継ごうと
いうフォーラムを紹介。
この人が主宰らしい
その企画自体は有意義だと思うし、いいんだが、
記事より、
ベルリン、沖縄、水俣…。国立歴史博物館の研究員、寺田さんはこの一年、
歴史の負の遺産を訪ねてきた。そして自問し続けるのは「阪神大震災をどう
語り継ぐか」。過去への\"巡礼\"は未来への模索だ。
……(゚Д゚)?
(中略)
昨年十月。ユダヤ人虐殺の地、アウシュビッツ強制収容所跡へ。今にも悲鳴が
聞こえてきそうなガス室や、積み上げられた犠牲者の骨や遺品。処刑場へ向かう
人の群れが突然、脳裏に浮かび体が震えた。
「当時の現実をそのまま刻み付けたような光景を前に、これまで経験したことが
ないほど心を揺さぶられた」。
…( ゚д゚)ポカーン
…(゚Д゚)ハァ?
…で、震災となんの関係が?
せいぜい最大公約数としては、「行政の不手際・不作為で被害が拡大した」
ぐらいしか挙げられない。いや、アウシュビッツにはそれは当てはまらないし。
第一、地震は天災じゃん。
負の記憶って、せいぜい社会党政権が自衛隊を嫌って手をこまねいて被災者を
見殺しにした……あ、人災か。
しかし、どうやらそういう皮肉のきいたツッコミではないらしい。本気で、
戦争と震災とをごっちゃにして「負の遺産を語り継ぐ」つもりらしい。
ってか、戦争を天災として「しかたなかった」という風に騙るなよ。この間、
原爆のところでも触れたけど、本土への大空襲、沖縄侵攻、ソ連軍満洲・千島・
樺太侵攻、あげくのはては原爆投下、茶番劇復讐裁判という大東亜戦争末期の
敵国の残虐無道を、「戦災」という言葉で、どこかで「仕方なかった」、と
相対化しようとする心裡が戦後日本にはある。
さらに、その「戦災」を、「軍部が悪い、支持した国民が悪い、だから自業
自得だ」というようなひたすら自祖虐史観に毒された偏見を振りまいて「ヘイワ
でござい」とうそぶく輩までいる。
我が同胞への虐殺をやり、第一に責任のあるのは、
まずアメリカとかソ連とかシナ(とかオランダとかUKとか)
だろ。
(それを防げなかった、という多少の責任は日本国にあるとしても)
戦争と震災は違う。
※誤解してほしくないのは、「震災を語り継ぐ、教訓にする」ということ
自体まで否定する気はさらさらないのだ。ただ、違和感を感じたし、もっと
いいやり方があるはずだろう、と言いたいだけ。
本来違う次元の話であるはずの戦争を、ただ「大勢の人が死んだ悲劇」
として同列にしてそこに絡めてしまうと、日本の現状を鑑みるに、却って
逆の効果を産んでしまうと思うのだ。
それでは、まさに被災者、犠牲者は浮かばれまい。
とにかく、
ごっちゃにするな。
結論としてはそれだけだ。
コメント(0)| Track back(0) | 2004-01-17 00:03:58
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